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2010年9月

秋なんだ。

Aki あ~、もうすっかり秋になってしまった。朝夕はかなり涼しく、本来ならばキンモクセイのいいにおいがどこからか漂う様な気候なのだ。日本はまだまだ暑いようで、こればかりは心の底から”この国で夏を過ごせるのは有難いことだ”とつくづく思う。でも、それ以外の大変なことの方が多いので、結局別に得をしたという訳ではないのかもしれない。

本格的に寒い冬が来る前に久しぶりにプールに行ってみた。暑い時期は、プールも人が多いし、ちびっ子も多いので集中できないし、かといって寒くなるとそれはそれで面倒なので、今が一番かもしれない。などと急に思い立って子供が託児所に行く日の夕方を狙って泳いできた。有難いことにプールは託児所のすぐそばなので、お迎えに行くぎりぎりまで泳いでいることが出来るのだ。

ジムに行かなくなった後に3ヶ月かなんかの定期券を買ったのだが、結局大して元がとれないまま、子供が出来たので何となく行かなくなり、その後、子供が産まれたのでプールで泳ぐなんてそんな優雅なことしてる暇ありますかいな状態になり、気がついたら最後にプールに行ってからもう2年近い日々が過ぎていたのだ。

さすがに子供も1歳を過ぎれば、もう母乳を飲んでいるわけでもないし、取り立ててどうしても私が四六時中ついていなくてはならない理由もない。私も私でいつかは社会復帰しなくてはならないのであるから、少しづつ世の中との接点を持ち始めなくてはならない。

この9月から幼稚園に通い始めた子を持つ人の話しなどを聞くと、ますます”あ~、いつかは子供は子供の世界が出来て、段々離れていく準備をしていく(大げさ)んだな~。”と思ってみたりする。寂しい反面、そうでなくては困るし、そうなってくるとその後の私の人生が心配になる。

子供をかまって日々を過ごし、いざ子供が大きくなってみたら自分は”かあちゃん業”以外に何もすることがないというのも何か寂しいし、そうかといって”かあちゃん業”を極めるつもりもない。”子供が一歳そこらで何今からそんな事言ってんの、あんたは時間が余りすぎてるから余計な事考えすぎるんだ。先のことばかり無駄に心配すんな。”と母には鼻で笑われたが、この国にいる限り、どうしても働いていない自分に罪悪感を感じざるを得ないし、今はこうして子供を育てることだけに懸命になって過ごしているけれど、例えば離婚でもすることになったらどうやって生きていくのかなんてことを考えると”わ~怖っ”と寒気がしたりもする。

しかし、プールで泳いでるとそんなことを考える暇もないし、泳ぐのに必死だから余裕もないのだ。これは、いい。すごい疲れるから寝つきもいいし眠りも深い。いや、別に四六時中考えている訳でも眠れないほど悩んでいるわけでも何でもないのだけど。今日も行ってきたのだが、ただ、今日はいつも使う1ユーロを入れて鍵を閉めるというコインロッカーが全て閉鎖されていて、デジタルコードのロッカーしか使えなかった。これが、ハイテクな日本には100年遅れている(大げさ)この国には珍しく自分で4桁の暗証番号をロッカー脇の画面で登録して使うという近代的なものである。

鍵を落とす心配をしなくていいのは良しとしても、自分のロッカーの番号と4桁の暗証番号の二つを覚えて置かなくてはならないと言うのが大変だ。紙に書こうと思っても、じゃあその紙は泳いでいる間どこに置くんだ?ってことになるし、ボールペンで手に書こうと思ってもペンがない。プールに行くときは盗まれたり落としても嫌なので最低限のものしか持って行かないからだ。もし、ロッカーの番号を忘れたりしたらこれまた水着のまま受付に行ったり、行ってもこの国のこと、”は~何が~?”とか、”それは、私じゃなく”私の同僚”が担当だからちょっと待て”だとか、そんな大変面倒なことになり、問題解決までこれまた日本の100倍時間が掛かるのは目に見えている。

年寄りも結構来ているこのプール、物忘れの多い老人達はどうやってこの問題を解決しているのだろうか。いや、そんなこと言ってるのは、私だけなのか。とにかく、今日は、ロッカーの番号と暗証番号のことばかり考えながら泳いでいて、何だかすっかり疲れた。という話しだった。

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いいねぇ。

いいことを聞いた。

先日、夫の両親宅へ行った際、もう当分会えないだろうと二軒隣に住む夫の叔父夫婦の家にも行った。その時に叔母が言っていたことだ。それは、”毎日、家全部を掃除するのは大変だから、一日一ヶ所と場所を決め、その場所だけを徹底的に掃除するようにしてるのよ~”という話だ。もしかしたら、そんなことは皆知っていることなのかもしれない。日本ならテレビで放送すると何でもすぐ流行るじゃないか。みのもんた辺りがもう言ってるかもしれない。

ただ、それを聞いても何となくその場では、”ふ~ん、年取ると色々面倒くさいんだろうね。まぁ別に毎日全部掃除なんてしなくたって死ぬ訳じゃないしね~。”くらいに聞き流していた。が、家に戻り、面倒くさい旅のカバンの片付けやら洗濯やらが済み、またいつもの暇な日常に戻った時にふと思い出した。”そうだ、何で私もあの(一日一ヶ所徹底掃除法)を取り入れないんだ?”と。大体午前中は大したこともせず、午後は、子供と一緒にわざと遠くの公園まで遠征して疲れたりして、結局考えたら一週間のうちに数時間しか家事らしいことはしていないかもしれない。”仕事もしてないのに、家事も大してしてないなんて、人としてどうなのだろうか!”という罪悪感を少しでも減らすのには、この掃除法はすごくいい。

その罪悪感から例えばある日思い立って、一日中色んなところを掃除しすぎたりしてすっかり疲れきってしまい、それから数週間何もしたくないという極端なのも良くないのだ。ってそれはいつもの私だ。やはり、掃除するのがもの凄い大変な状態になるほどに放っておけば、困るのは自分なのだから、何よりマメに掃除したり片付けたりするのが一番だ。かと言って私の様ななまけものは、大してちゃんと掃除も片付けもしていないので、こんなに狭い家でも、いざ色々と見てみると、ここも、あそこも、わ~すごい汚いと気になりだすときりがない。さらに、いや、この本捨てよっかな~どうしようかな~、必要かどうかちょっと内容チェックなんて言いながら真剣に読み出したりと、本当にマンガのようなことしているとちっとも進まない。

だから、”今日は、この整理棚をやる”と決めたら本当にそこしか掃除しない代わりに、真剣に細かくやるのだ。いつもだったら見えない振りをしてやりすごす場所や、細かいことも徹底的にやる。これで、いかに自分がやりたくないことからはさりげなく理由をつけて逃げていたのが良くわかったりと、自己開発にも一役買ったりもするので面白い。本当にピンスポットで一ヶ所しかしないので、疲れるほどでもないけれど、罪悪感解消というのにも良いし、ダラダラ長時間という訳ではないので、子供が寝ている間にさっと終るし、本当に良い方法だ。玄関から一ヶ所づつ始めてまだまだ大して進んでいないのだが、アパート全部が終ったらまた一から始めるという無限ループで家は綺麗な状態が続くのではなかろうかと密かに思っている。

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