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2011年6月

雑誌。

Zashi 私は、昔からの活字中毒なのだが、ここ数年は、年をとったせいなのか読む本や雑誌が変化してきている。

まず、この狭い家に住むようになってからは特に物を取っておくことが許されないので、買う前に①本当に買ってまで読む必要があるのか②良く考えてみたら別に読まなくても死なないから大丈夫なのか、を検討しなくてはならない。そしてそれでも買って読みたい!という結論に達した場合は、①永久保存(といえば大げさだが)するつもりで大事に読むのか②読んだら捨てるかあげるか売るかという購入後のことまで考えなくてはならない。そして永久保存するつもりなのであれば、その本や雑誌を保管するスペースを見つけなくてはならない。

家を常に綺麗にしていて、私のように物をゴチャゴチャと持たない人にとってみれば、”(本に限らず)物を買う時にそんなこと考えるのなんて当たり前!”ということなのかもしれない。やっぱり私は、本に限らず所有しているものが圧倒的に多いような気がする。そしてやはり旅支度も下手だ。足りなくて後悔するより、何でも大目に持って行って殆ど使わずに持って帰ってくる方が安心するタイプだし。定期的に自分の持っているものを出してみては、捨ててみたり、売ってみたりしているのだが、それでも物は増えていく。物の多さは煩悩の多さというのを何かで読んだ気がしていて、それを気に掛けてはいるのだが、これまた、買わずに後悔するより、買って後悔したいタイプなのだ。

何だか、書こうと思っていた雑誌の話しからそれてしまったみたい。昔まだ実家にいて自分の部屋を与えられていた頃は、何の考えもなくコンビニだの駅ビルにある本屋だので仕事帰りにfugaroだのspurだのやたらと広告やファッションページの多くて重くて場所をとる雑誌なんかを買って大して読みもせずその内に捨てると言うことを繰り返していた。それが今では、そんな仕事帰りに無駄遣いをしてミニストレス発散をすることも許されず、それでなくても日本の雑誌は、高くて貴重であるからして、捨てるために買うということは出来なくなった。それで買うときには熟考せざるを得ないのだ。それでもパリはまだjunku堂もあるしブックオフもあるから有難い。

折角一冊の雑誌に15ユーロ近く出すのであれば、全体の4分の1の記事を読むために買うものより4分の3読めるものを買おうと思うのは貧しい主婦の思うことだ。そんなわけで、もう昔買っていて大して読んでもいなかったファッション系のものを買うことは、ほぼ皆無となってしまい、最近は、上記写真の様な読むところが沢山だ!というような、おばさんにはおばさんのと言う感じの雑誌を読んだりしている。

ただ、’暮しの手帳’は、パクちゃんがパリに遊びに来てくれた時に持ってきてくれたオサレな雑誌セレクトの内に含まれており、初めて読んでみたのだが、かなり面白くてハマってしまった。私のイメージでは、50代くらいのおばちゃんが読むようなものだと勝手に思っていたのだが、それが全然違うのだ。何だか編集長の名前を見た事があるような気がするな~と思っていたら、中目黒でオサレな本屋をやっている人だった。どうりで。

婦人公論もかなりオモロい。離婚ネタや病気ネタ等、生活に色々参考になるのが多くfigaroなんかと比べたら電車の中や人前ではちょっと恥かしくて読めないけど、家でじっくり読むと本当に読みどころ満載なのだ。やっぱり最近は、’見る’より’読む’方が面白いような気がしてならない。また5年くらい経ったら、今度はまた違うものを読んでいて、違うことを言ってるんだろうか。

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